「守る」という
進め方

料理人
イタリアンレストラン「LIFE(ライフ)」
オーナーシェフ
相場 正一郎 さん

店を持つという原点、自然だった海外

僕はもともと飲食の家系で、親父の兄弟もみんな自営業で飲食をやっていました。いとこたちも順番に海外に出ていて、カナダやアメリカ、ハワイに行ったりしていたので、自分にとっても海外に出ることはわりと自然な流れだったんです。
高校を卒業して自分の番になった時、料理をやるならフランスじゃなくてイタリアだなと思って、トスカーナに行きました。トスカーナは食材の宝庫で、ワインもオリーブオイルもいいし、語学学校も多かった。そういう意味でも、自分には合っていたんだと思います。
学生時代はラグビーをやっていて、ポジションはプロップでした。一番前です。当時の体重は80キロ以上ありました。もともとは柔道みたいな格闘技をやっていたんですけど、個人競技より団体競技の方が自分には合っていた。前で身体を張るポジションなので、無理をするとすぐ身体に返ってくる。その感覚は、今でも残っています。

トスカーナでの暮らし、公衆電話と手紙

イタリアに行ったばかりの頃は、言葉も分からないし、かなりホームシックにもなりました。今みたいにネットがない時代なので、連絡手段も全然違って、公衆電話しかない。向こうのテレホンカードを千円分買っても、話せて2、3分です。だから基本は手紙でした。一週間かかって届いて、返事が来るのはまた一週間後。早くても二週間です。
当時付き合っていた彼女、今の妻ですけど、それでも週に二回くらい手紙をやり取りしていました。雑誌を入れて送ってくれたりしていましたね。今みたいにすぐ繋がれないからこそ、そこでやるしかない、という感覚は強かったと思います。
語学も、正直、得意じゃなかったので、教材を見てもよく分からなかったんです。だから感覚で覚えていきました。生活の中で、仕事の中で、3か月、半年、1年と経っていくうちに、少しずつ喋れるようになっていった。
それと、細かいニュアンスが分からない分、逆に雑音が少なかったんですよ。日本語だと、空気とか顔色とか、いろいろ拾ってしまう。でも向こうではそこまで拾えないから、自分の目的だけ見ていられた。今、若いスタッフが気にしすぎて悩んでいるのを見ると、自分はそういう意味では楽だったのかもしれないなと思います。

休日には街に出て食べ歩きを重ね、その一つひとつを吸収していった。
そうした経験が、後の自身の土台となっている。

当時のパートナーであり、現在の奥様と。異国での生活をともに支え合いながら過ごした日々。

修行先で出会った恩師と。三年間ともに働きながらイタリア料理の基礎を学び、「LIFE」定番のレモンミントパスタもこの時に受け継いだ一皿。

潜り込んで覚えた現場、原宿からのスタート

料理の世界って、結局、潜り込んで覚えるところがあるんです。若かったので、店で寝泊まりして働くようなことも普通にやっていました。夜仕事が終わったら、厨房で顔を洗って、そのまま寝る。料理を覚えたかったから、それでも平気でした。
いいなと思った店には自分で行って、働かせてほしいとお願いしていました。そうやって入れてもらった店もありますし、かわいがってもらった記憶もあります。
そのままイタリアに残ることもできたと思います。労働ビザも取ってもらえましたし、友達もいたし、給料ももらえていました。でも、自分の中でも一回日本で試してみたい気持ちが出てきて、そこに原宿の話をもらったのが重なって、帰国しました。
帰国後に関わったのが、原宿のアパレルショップに併設されたレストランです。そこで立ち上げと運営を任されました。あの頃の原宿は本当に楽しかったですね。“裏原”と呼ばれるストリートカルチャーの熱量があって、同世代の個性ある人たちがたくさんいて。昼休みに買い物にも行けるような時代でした。
その店は結局、会社の縮小の流れの中で閉じることになって、そこから自分の店を持つ流れになっていきました。

1号店の代々木上原の『LIFE』。日々の積み重ねによってつくられた空気が流れ、地元の人々に親しまれながら、遠方からもその味を求めて人が訪れ続けている。

取材後、参宮橋の『LIFEson』へ訪問。一つ一つこだわって丁寧に仕上げられた料理は、どれも優しく、心地よく、食べ進めるほどにその積み重ねが伝わってくる。

広がる仕事、40代で見えた限界

自分の店を持ってからは、とにかく自分が全部やるしかないという感じでした。料理も接客も判断も全部やる。来る仕事は基本的に断らない。新しいこともどんどんやる。それが当たり前だと思っていました。
でも40代を過ぎた頃から、いろんなことがキャパオーバーになってきたんです。仕事は増えるし、店も広がるし、人のことや店のことを常に考えている。コロナもありましたし、従業員を抱えている責任も大きかった。
一度体調を崩した時期がありました。夜中に目が覚めて、そのまま眠れない。お酒を飲めば一度は寝られるけど、また起きる。枕やベッドを気にした時期もありましたけど、今思えば、それだけの問題じゃなかったんだと思います。
できることを全部やればいいわけじゃないし、やっていいっていうものでもない。50になる前にそれに気づけたのは良かったと思っています。今はどちらかというと、守りです。無駄に仕事を広げない。出店もしない。無理のない条件の仕事だけをやる。そういうふうに変わりました。

店と人を育てること、妥協しない距離感

昔は経営的な危機感が大きかったんです。お客さんが来なかったらどうしよう、という感覚です。でも最近は、人的な危機感の方が大きい。人がいなければ店は回らないし、売上も立たない。だから、流行らせること以上に、人を育てることに時間を使わないといけないと思うようになりました。
そのために、他の仕事を少し整理して、自分が店に入る時間を増やしたり、スタッフと話す時間をつくったり、失敗談を話したりしています。自分の中では、育てるという意識じゃないと自分も楽にならないところまで来ています。
任せるからといって、妥協するわけではないです。ここは子どもと似ているかもしれません。子どもに対して、まあいいや、とはならないじゃないですか。従業員に対しても同じで、まあいいや、とはならない。譲らないところは譲らないです。
もちろん、それでうまくいかなくて辞めていった子もいました。でも、その経験も含めて、最近はだいぶ上手にやれているのかなと思います。今は働いている子たちがもう親子ぐらいの年齢差なんですよ。それだけ離れているからこそ、逆にいい関係が築けているのかもしれません。昔は対人関係のストレスも大きかったですけど、最近はそのストレスがかなり減って、仕事中もリラックスできるようになりました。
飲食店って、長く続けること自体が最大の信用なんです。23年続けてきて、やっていることはそんなに大きく変わっていないのに、信頼は確実に積み上がっていく。現場に立っていると、それはよく分かります。

整えること、心地よい物のこと

体調を崩してからは、食事も見直しました。昔はイタリアの流れで、朝コーヒーとドーナツみたいな生活をずっとしていたんです。でも和食に変えて、梅干し、納豆、味噌汁を続けるようになったら、かなり調子が良くなりました。夜もお酒は飲みすぎないようにしています。
睡眠については、ずっと考えてきました。正直、ベッドを変えれば全部解決するのかというと、まだ半信半疑なところもあります。僕はもともと寝れないタイプで、ちっちゃいことでも起きるし、考え始めると頭が動いてしまうので。
ただ、今回マニフレックスを試してみて、単純に気持ちいいなとは思いました。横になった時の自然さはありましたね。寝具も、結局は道具なんだと思います。毎日触って、毎日使うものなので、心地いいかどうかが大事です。
僕はコレクターではないので、物も基本は道具として見ています。時計でもギターでも服でも、長く使うし、触って心地いいかどうかで選ぶ。人のためには選べないんです。最終的には、自分が持って、使って、いいと思えるかどうかですね。
仕事も、生活も、食事も、睡眠も、全部つながっている。今は広げるより、整える。そういう感覚でやっています。

家族で過ごす時間のために構えた那須の山の家。子どもたちの成長とともにその役割も変わり、今では一人で訪れて思考を整え、仕事に向き合う時間を過ごすこともある場所になっている。

初めてのマニフレックス体験

寝具の話で言うと、正直、ベッド変えたら全部解決するのかっていうのは、僕はまだ半信半疑です。寝れない時期って、頭が動いちゃってるんで。忙しくなると考えすぎる。夜中起きて、その後寝れない。
だから、寝具だけで済むのかなって思ってる自分もいる。
でも、今日みたいに寝心地の良さそうなところに座ると、単純にいいなと思う。
さっき試したマットレスも、横になった瞬間、気持ちいいのは分かりました。
もう少し柔らかいモデルも試してみたいな、って素直に思いました。
僕、居心地いいスペースとか、そういうのは放っておけないタイプなんですよ。
寝具って、結局、毎日身体を預ける道具だから。触って心地いいかどうか。続けられるかどうか。そこが一番です。
家で寝るっていうのは、結局、生活そのものなんで。ちゃんと選びたいですね。

相場 正一郎さんが
選んだモデル

エコサンドロ

12年長期保証付

日本上陸30周年記念モデル。圧倒的な寝心地。特別プライスで登場。

シングル W100 × D195 × H23(cm)
132,000円(税込)
オンラインストア

フラットピッコロ

3長期保証付

60 ×34cm低くてフラット。体格差に関わらずお使いいただけます。

W60 × D34 × H8 (cm)
15,950円(税込)
オンラインストア

料理人・代々木公園のイタリアンレストラン「LIFE(ライフ)」オーナーシェフ相場 正一郎さん

トスカーナ地方で料理修行後2003年に代々木公園にカジュアルイタリアン『LIFE』をオープンする。東京・代々木公園をはじめ、全国に5店舗のレストランを運営する。それぞれの店舗にコンセプトを持たせ老若男女幅広いファンがいる。そしてカルチャーを作るお店作りに注目を受けている。週末は家族で栃木県那須町にある山の家で暮らす二拠点生活を送っている。

輝く暮らしは睡眠から

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